想いのカタチ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
●登場人物
♀佐藤春香(さとうはるか/25才)
♀宮間冬子(みやまとうこ/25才)
♂佐藤夏樹(さとうなつき/23才)
♂志賀宏秋(しがひろあき/28才)
●あらすじ
仕事にも慣れてきた25才の春香には忘れられない人がいる。
大学のサークルで2年先輩だった宏秋。
年こそ違うが2人は似たもの同士で気が合い、春香は宏秋に恋心を抱くようになっていた。
しかし、その思いが受け入れられることはなかった…。
以後、誰とつきあっても宏秋を忘れられない春香はすっかり恋ができない女になっていた。
そんな中、以前より好意を伝えられていた後輩の夏樹に、
押し切られる形で出かけることになったお花見。
その場所で偶然出会ったのは、春香が苦手とする同僚の冬子。
そして、その冬子が彼氏だと紹介した相手、宏秋だった。
●役表
♀春香 :
♂夏樹 :
♂宏秋 :
♀冬子 :
所要時間 : 25分?
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
(夏樹の運転する車に乗り、郊外へと向かう二人。
笑顔がこびり付いてしまったのではないかという位満面の笑顔で運転をする夏樹と、
どこか上の空の春香)
夏樹:で、あの桜だけは絶対、春香さんに見てもらいたいって思ったんです!
春香:そう。
夏樹:いや~すごいですよ! 桜が満開で辺り一面薄ピンク!
別世界にでも来たかのような不思議な感じがして『女性は絶対喜ぶ』って言ってたんですけど
男のオレでも感動しました…って、あぁ、違うんですよ!?
春香:……なに?
夏樹:『女性は絶対喜ぶ』っていうのは、『他の人と来た』ってことではなくて、
これから行く桜の名所が一番キレイだって話を聞いただけなんです!
春香:そう。
夏樹:それにオレが見たっていうのも、昨日の夜こっそり一人で下見にきただけで…って、
なんかオレ、どんどん墓穴掘ってる気がする……。
春香:別に、何も気にしてないけど。
(サラリと告げると、また視線を窓の外に移す春香。その様子を横目で見つつ苦笑する夏樹)
夏樹:わかってます。春香さんがオレにちっとも興味ないってこと。今日も単なる気まぐれ…それでもいいんです。
今こうして、オレの隣に居てくれることが嬉しいから。1ヶ月前、春香さんが桜が好きだって聞いてから…
春香:(なつきの言葉を遮るように)別に好きじゃないわ。ただ他の花より思い入れがある、って言っただけ。
夏樹:オレにとっては同じことです。ベンチにすら入れなかったオレが、ようやくフィールドに上がれたんですから!
春香:フィールドね…。
夏樹:そうですよ! 今みたいにオレと目を合わせて話してくれたことなんて、実は数えるほどしかないんですよ?
ちゃんと言葉を交して、オレを見てくれて、それで合わないなら諦めもつきますけど…。
春香さんはいつも『またね』とか『時間があえば』って。相手にもされないのは、結構傷つくもんです。
春香:…ごめん。でもそれなら尚更、他を当たれば良かったじゃない。佐藤君人気あるでしょう?
夏樹:そんなことないですよ。『可愛い』って言ってくれる人もいますけど…それって好意があるのとはまた違うでしょう?
ていうか、二人きりでもソレなんですね。春香さんくらいですよ? オレのこと苗字で呼ぶの。
春香:だって、佐藤君は佐藤君でしょう?
夏樹:春香さんだって佐藤さんじゃないですか。
同じ部署に佐藤が複数だと紛らわしいからって、下の名前で呼ぶことになったのに…。
春香さんだけいつまでたっても『佐藤君』ですよね。
春香:私が自分のこと『佐藤君』なんて呼ぶわけないんだからわかるでしょ。
夏樹:それはそうですけど…オレとしては春香さんに名前呼んで欲しいです。
……でもまぁ、そんなとこも含めてオレは春香さんが好きですけどね!
今日は全力で勝負かけますから、覚悟しといてくださいね!
春香:……お手柔らかに。
夏樹:そう言えば、桜にどんな思い入れがあるんですか……って、聞いてもいいですか?
春香:ダメ。
夏樹:ですよね。
春香:ウソよ。……大学の時に、一番嬉しくて悲しい出来事が起きたのが、満開の桜の下だったから。
夏樹:え? それって…
春香:以上! 他には何も言うことありません。
夏樹:えー!? 余計気になるじゃないですか!
春香:女の過去をむやみに詮索しようとした罰。
夏樹:はぁ…こうしてまた、春香さんのことばかりで頭が埋まっていくんだ。
春香:なにそれ。でも、逃げ出すなら今の内かもね。
夏樹:いいえ! 絶対逃げません!!
春香:…そう。
夏樹:と、そろそろ着きますよ!
(場面変わって大きめな公園の駐車場。適当な場所に停めて、外に出る二人)
夏樹:(伸びをしながら)はぁ~! 同じ東京でも、やっぱりここまで来ると空気がうまい気がしますね!
春香:気のもちようじゃない?
夏樹:そうですか? と、ちょっとオレ飲み物買ってきます。春香さん何かいります?
春香:持ってるからいい。
夏樹:そうですか。じゃ、すいません。ちょっと待っていてください。
春香:いってらっしゃい。
(夏樹の姿を見送り、一回深呼吸すると軽く周りを見る。ちょっとした土産物屋を発見し、なんとなくそちらの方向へ歩き出す)
冬子:……あれ、もしかして春香さん?
春香:え……って、宮間さん?
冬子:わーやっぱり! 遠目で似てる人がいるなって思ってたんですけど、こんなところで会うなんて奇遇ですねー!
春香:そうね。ビックリした。
冬子:ねー! って、あ! もしかしてデートですか!?
春香:んー…。
冬子:(春香の返事を待たずに) 夏樹君と!? キャーッ! ついにOK貰えたんだ夏樹君!
春香:はぁ…(顔をそらし、ややウンザリした顔でため息をつく春香)。
冬子:苦節1年、ようやく初デートにこぎつけたのね。私もアドバイスした甲斐があった!
春香:…え?
冬子:あ……まぁ、いっか! いえね、夏樹君たら一ヶ月位前に、凄い必死な形相でみんなに聞きまわってたんですよ。
そんなに遠くなくて、綺麗だと思う桜スポット! で、私がオススメしたのがこの場所なんです。
春香:あー…だから。
冬子:でもここ、本当にすっごいオススメですから!
奥の方に行くと池があって、その周りをぐるっと桜が囲むように咲いてて…なんとも言えない幻想的な世界を作ってるんですよ。
春香:そうなんだ。ていうか宮間さん、1人じゃないわよね?
冬子:もちろん! 私もデートですよ!
春香:それなら、連れの人待たせてるんじゃない?
冬子:大丈夫ですよ。彼、車酔いしたとかでトイレに駆け込んでいきましたから。
失礼ですよねー? 確かに免許とりたてですけど…そういう春香さんこそ夏樹君は?
春香:飲み物買ってくるって…あ、来たわ。
夏樹:すみませんお待たせしました…って宮間さん!?
冬子:ハロー! 良かったじゃない夏樹君、悲願達成! 必死に頑張った甲斐があったね!
夏樹:ちょ、やめてくださいよ宮間さん。オレ、さっきからいいとこないんですから。
冬子:何? 憧れの春香さんとの初デートに緊張して? かわいいー。
夏樹:最悪だ…。もう、絶対他の人たちに言わないでくださいよ!?
冬子:どうしようかしら~? あの夏樹君が、難攻不落と思われた春香さんとの初デートにこぎつけた、なんて…
みんなが喜びそうなネタなんだけどな~。
夏樹:宮間さん!
冬子:なんてね。どうせ私が言わなくても、月曜日の夏樹君の様子で、どちらに転んだか含め一目瞭然だと思うから。
夏樹:うっ…。
春香:あのさ、とりあえず、そろそろ桜を見に行かない?
夏樹:あ、はい! そうですね。じゃぁオレたちは…
(言いかけた夏樹の声とかぶるように声がかけられる)
宏秋:冬子!
冬子:あ、ひろくん!
春香:えっ……。
(「ひろくん」と呼ばれたスラっとした長身の男が近づいてくる。その顔を見て、春香が目を見開く)
春香:宏秋…先輩…。
夏樹:え?
冬子:もーひろくん遅いよ~! ていうか失礼! 私そんなに酷い運転してないし!
宏秋:いや、十分酷いよお前の運転。よく免許とれたなって関心した……って、春香?
春香:……。
冬子:え? 知り合い?
宏秋:あぁ、大学時代の後輩。サークルが一緒だったんだ。
春香:お久しぶりです。
冬子:えー!? なんだかスゴい運命的じゃない!?
あのね、春香さんは私の同僚で、夏樹くんは後輩なの。そして今日は、二人の初デートなんだよ♪
春香:ちょっ。
宏秋:へーそれはそれは。
夏樹:初めまして、佐藤夏樹です。いつも冬子さんや春香さんにお世話になってます…ってなんか変ですね。
冬子:変じゃないわよ! 夏樹君がこうして初デートまでこぎつけたのは、私のお陰なんだから!
宏秋:そうなんだ?
冬子:そう! 桜の名所って言ったら、ひろくんに連れてきてもらったこの場所以外ありえない!って思ってね?
本当は人に教えたくなかったんだけど、可愛い後輩のために教えてあげたんだよ。
宏秋:じゃあつまりは、オレのお陰ってことだな。
夏樹:あ、そういうことになりますかね。ありがとうございます!
冬子:ちょっとひろくん!? 私の手柄横取りする気?
宏秋:お前のものはオレのもの。オレのものはオレのもの。
冬子:何よソレ!
夏樹:はは、冬子さんが押されてる。
冬子:もう、いっつもこうなのよ? 春香さん、ひろくんて大学の頃からこうなの?
春香:そうね。大体そんな感じかな。
冬子:そうだ! ここで会えたのも何かの縁だし、昔のひろくんの話聞かせて貰えないかな?
夏樹:え!? そんな、オレら初デートなんですよ?
冬子:いいじゃない。今日という日は始まったばかりよ? ちょっとくらい恩返ししなさい。
夏樹:う…。
冬子:それに、夏樹くんだって春香さんの大学時代の話、聞きたいんじゃない?
夏樹:そう言われると…。あ、宏秋さんは、春香さんの『桜の思い出』って知ってますか?
春香:ちょっと、何言い出すのよ。
冬子:え、何ソレ気になる!
宏秋:『桜の思い出』ね。なんだよ春香、サークルの花見でミックスドリンク飲ませたこと根に持ってるのか?
冬子:ミックスドリンク?! もう気になるじゃない! 絶対聞く!!
夏樹:オレも気になります!
宏秋:仕方ない、じゃ、ちょっと昔話でもしますかね。
春香:……好きにして。
(ややうんざりした顔を浮かべるも、苦笑しつつ先に歩き出した3人について行く)
場面変わって満開の桜の下、小ぶりのピクニックシートを広げた男女4人。
真っ赤な顔をした冬子が宏秋の膝枕で横になっている)
夏樹:オレ、『キュ~』って言いながら倒れる人、初めて見ました…。本当にいるんですね。
宏秋:はは、オレもそれ思った。
春香:何のんきなこと言ってるんですか。だからヤメておけって言ったのに…。
夏樹:冬子さーん、大丈夫ですか?
冬子:うぅ……。
宏秋:当分ダメだろうな、これは。
春香:それにしても、まさか『ミックスドリンクが飲みたいっ!』なんて言いだすとはね。
夏樹:売店にビールはまだしも、焼酎やジンまであったことで、ちょっと悪ノリしちゃいましたかね。
宏秋:普通にチャンポンするより酷いだろうしな……一気飲みだったし。
多少オレンジ多めにして飲みやすくしたつもりだけど。
春香:飲みやすいって……。宏秋さんは昔から色々ズレてますからね。はぁ。
宏秋:なんだよ、春香はつぶれなかったじゃないか。
春香:私はお酒強いって自負してますし、宏秋さんを酔い負かせたこともあるんですよ?
宏秋:そうだよなー。それが悔しくて考案したドリンクだったのに。
まさかこんな所で被害者を生み出すことになるとは…人生何が起こるかわからないもんだ。
春香:他人事ですね。
宏秋:そんなことはない。現にオレは今膝が痺れてきているし、帰りは運転しなきゃならんし、酒飲めないし、被害甚大だ!
春香:……。
宏秋:でも、オレが作ったドリンクが原因だし、あの運転で帰る気にはなれないから結果オーライか。
春香:…相変わらず、宏秋さんは宏秋さんですね。
宏秋:まぁ、30年近く築き上げてきたもんは、そうそう変われないだろうな。
(宏秋と春香で顔を見合わせて穏やかに笑いあう。そんな二人を見つつ…)
夏樹:春香さんと宏秋さんは、仲良かったんですね。
宏秋:んーそうだな。サークル内でもかなり仲良かった方かな。
こいつこんな性格だろ? なまじ優秀だったし、みんな一線引いちゃって。
春香:別に、そんなことないです。
宏秋:冬子が敬語使ってるのがいい証拠だ。お前ら同期だろう?
春香:そうですけど……。
宏秋:例えるならアレだ。懐かない野生動物が、唯一心を許す存在がオレ、みたいな?
春香:バカですか。
宏秋:バカです。
春香:宏秋さんこそ、そうやってお調子者ぶってる癖に、実は人一倍気遣い屋の寂しがり屋。その実、腹黒なくせに。
宏秋:そうよっ! 弱いワタシは、キレイな身体では生き残れなかったのよー!
春香:輪の中心タイプの人が何言いますか。
夏樹:(つぶやくように)…本当に仲良いんだな。
春香:ん? 何?
夏樹:いえ。ところで、何か冷たいもの買ってきましょうか? オレ行って来ます。
春香:え、だってまだ飲み物は……。
(寝ていた冬子が突然ガバッと起き上がり)
冬子:アイス食べたい!!
夏樹:じゃあついでに買ってきますよ。
冬子:やだ。自分で選びたい! …でも1人で辿り着ける気がしない。
宏秋:仕方ねぇな。オレが手ひいて…って!? うわっ!
春香:……完全に痺れてますね、足。
冬子:もう。じゃー夏樹くーん付き合ってー。
夏樹:はい。じゃ、ちょっと行って来ますね。
宏秋:あぁ、すまん。よろしく。
(二人が去っていく後ろ姿を見送り、なんとなく話すきっかけをなくして桜を眺める二人)
春香:本当に、きれいな桜ですね。
宏秋:そうだな。
春香:……。
宏秋:元気に、してたか?
春香:……。
宏秋:ちゃんと人の輪に入ってるか?
春香:……。
宏秋:ちょっと痩せたな。飯食ってるのか?
春香:心配性のおかんですか。
宏秋:ま、お前のペースでやってるか。
春香:……。
宏彰:……。
春香:…宏秋さんは。
宏秋:ん?
春香:宏秋さんは、ズルいですね。
宏秋:んー。
春香:あと。女の趣味、悪いと思います。
宏秋:(笑いながら)言われると思った。
春香:理解できません。
宏秋:そうだなぁ。春香にとって、オレも所詮その程度の男だってことで、いいんじゃないか?
春香:意味がわかりません。
宏秋:オレが、お前が好きになるに値するような男じゃなかったってこと。
春香:……やっぱりズルい。
宏秋:はは。
春香:どうして彼女なんですか?
宏秋:そうだなー。可愛くて、女らしいから、かな。
春香:……。
宏秋:バカでわかりやすくて、単純で扱いやすいから、かわいい。
春香:酷い話ですね。
宏秋:あはは。
春香:でも、それが宏秋さんにとっての恋愛対象なんですね。
宏秋:……。
春香:私がどんなに願っても、叶わなかった。
宏秋:春香は可愛いよ。頭も良いし、儚げに見えて揺るがない強さを持ってる。
いい女を選べって言われたら、間違いなくお前だろうな。
春香:詭弁ですか。
宏秋:違うな。お前がそういう女だからこそ、夏樹君はお前を好きなんじゃないか。
春香:わからないわ。
宏秋:明るくて純粋で真っ直ぐ。少し退屈そうだけど、いい男なんじゃないか?
それに、系統としては冬子に似ている気がする。
春香:彼のイメージが更に悪くなりました。
宏秋:あはは。酷い言われようだ。
春香:本当のことです。
宏秋:まぁでもさ、そんな純粋で真直ぐな男が、1年も追い回すほどお前に惚れてるんだって。
春香:単純に、捕まらないからヤケになってるだけじゃないですか?
宏秋:一年は結構長いぞ? そこは素直に受け入れてやれよ。
(春香の頭を2,3回軽くなでる。桜が風に揺れてざわめく音、近く遠く、人の声が混ざり、ふいに郷愁にかられる)
春香:それ、やめてください。
宏秋:あ? …あぁ、悪い癖だな。
春香:……。
宏秋:あの桜もこんな感じだったよな。
(自分が考えていたことが見透かされたようで、一瞬驚きの顔を浮かべる春香。しかし、直に冷静な顔を取り戻し)
春香:あぁ、告白した私に宏秋さんがキスして、同時に謝って振ったときのことですか。
宏秋:ストレートだなー。
春香:無駄な遠回しは嫌いです。
宏秋:そうだな。なんていうか、あの時オレはさ、いっぱいいっぱいだったんだよ。
春香:……。
宏秋:お前が可愛くてさ。
春香:……。
宏秋:オレになんか捕まって欲しくなくて、嫌われる方法を探した。
春香:逆効果もいいとこです。
宏秋:そうか。
春香:酷い。
宏秋:まぁ、アレだ。頭で考えてたことが吹っ飛んで、本能が顔をだしちまったんだろう。
春香:……。
宏秋:酒飲んでたしな。
春香:最低ですね。
宏秋:本当最低だな。
春香:……。
宏秋:笑い話だよ。オレにお前は勿体無い。お前を幸せにしてやれる自信は、オレにはない。
春香:彼女に対してはあるんですか?
宏秋:んー……ない。
春香:(ため息)。
宏秋:でもな、あいつなら『まぁいいかな』って思うんだよ。
春香:私だって、別に幸せにして欲しいとか、そんなこと望んでないです。
宏秋:うまく説明できないんだけどさ、お前に対してそんな適当なことできないんだよ。
春香:よくわかりません。いっそ好みじゃないとか、キライだってハッキリ言って欲しかった。
宏秋:言えないな。
春香:どうして。
宏秋:ズルいとわかっていても言えないんだ。どうしてだろうな。
春香:……。
宏秋:……。
春香:…あーあ。本当に、イヤになります。
宏秋:…そうだな、イヤになる。オレは毎年この場所に来て、あの日を思い出していたんだから。
春香:……。
宏秋:最初で最後だ。お前と見れてよかったよ。
(一瞬、春香の視界が涙で歪む。それとほぼ同時に、宏秋が腰を上げる。遠くの方で冬子の声が聞こえた)
宏秋:あー…やっぱりやりやがった。
春香:(目の端を軽くこすって) 何がですか?
宏秋:冬子がソフトクリーム落とした。
春香:子供?
宏秋:タチの悪いな。
(二人で苦笑気味に笑い合い)
宏秋:さて。ココからは別行動するか。
春香:そうですね。
宏秋:じゃあ、また。
(もう一度軽く春香の頭を撫でて小走りに冬子の元へ行く宏秋。途中夏樹と2,3言葉を交わし、入れ替わる。
春香の元にかけてくる夏樹。その姿を、春香はぼんやりと見ていた)
夏樹:春香さん?
春香:ん?
夏樹:……泣いたんですか?
春香:いや、ちょっと眠くてあくびしたから。天気がいいと眠くなる。
夏樹:……。 これ、食べませんか?
春香:チョコモナカアイス?
夏樹:春香さん好きでしょ。
春香:うん、よく知ってるね。ありがとう。
夏樹:……。
春香:冷たい。
(アイスを食べる春香を見ながら、夏樹が何かを堪えられなくなったように呼びかける)
夏樹:春香さん!
春香:何?
夏樹:オレ、春香さんを幸せにしたい。
春香:は?
夏樹:春香さんの桜の思い出って、宏秋さんが関係してるんじゃないですか?
春香:なに、いきなり。
夏樹:二人を見てたらわかります。
春香:なにそれ。
夏樹:さっき宏秋さんにすれ違いざま言われました。
春香:……。
夏樹:『春香はいい女だ。君にも勿体無いくらい』って。
春香:っ。
夏樹:そんなこと、自分だってわかってます!
春香:……。
夏樹:宏秋さんと話してる春香さんは、今まで見たこともない顔、いっぱいしてました。
春香:それは学生時代の…。
夏樹:冬子さんが突然、ミックスジュースが飲みたいって言い出した理由、オレにはわかります。
春香:……。
夏樹:悔しかったんだと思います。二人の間の、目に見えない何かが。
春香:……。
夏樹:……。
春香:卒業以来会ってもいなくて、携帯の番号も、メアドすらわからないような人なのに?
夏樹:そんなの関係ないじゃないですか。何年経っても、人との繋がりは……。
春香:そうね。
夏樹:悔しいくらい、お似合いにも見えました。
(春香、桜を見上げてため息をつく)
春香:私たちね、よく似ているの。パッと見の性格は違くても、中身が。
素直じゃなくて、どこかひねくれてて、小利口。どこか人を冷めた目で見ていて、期待してない癖に寂しがり屋。
…なにより、自分が嫌い。
夏樹:……。
春香:でも、本当は全然似てなかったんじゃないかって思ってた。
夏樹:似てると思います。うまく説明できないけど。
春香:……そうね。本当に残念だけど。
夏樹:え?
春香:私と宏秋さんはね、間違いなく同じタイプの人間なの。
夏樹:そう、ですね。
春香:あーあ、先人がそうなら、私も趣味が悪くなっちゃうのかな。それだけは避けたかったんだけど。
夏樹:……どういうことですか?
(春香、夏樹を見て軽く苦笑しながら)
春香:私たちもさ、ちょっと歩かない? キレイな桜を見ながら、夏樹くんの昔話も聞かせてよ。
夏樹:それは、いいですけど…って。
春香:いろいろ教えてよ。夏樹くん?
夏樹:春香さん、名前…。
春香:まずは、そこから。
夏樹:……はい!
(先に歩き出す春香を、笑顔で追いかける夏樹)
END